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ボーダレスとアイデンティティがテーマに |
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| 北原 |
戦後50年という時間が経過しましたが、日本の国土計画や都市構想も、その時代時代で様々な形態を取ってきたと思います。21世紀を目前にしたいま、私たちは過去の街づくり・地域づくりを振り返りながら、次の時代を展望しなくてはならないと考えています。 |
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| 飯田 |
過去の開発の「功」と「罪」とを検討することが今必要ですね。その中から、石川県のあるいは金沢市の街づくりが進むべき方向も見えてくるように思います。
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| 北原 |
今まで4回の全国総合開発計画(全総)でいくつかの国土計画の方向性が提案されてきましたが、次の5全総はどのようなものになると先生はお考えですか。 |
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| 飯田 |
全体的な方向としては、ひとつは地方への分権です。それから国際化の進展によるボーダーレス化がテーマになってくるんじゃないか。それと地域の個性化、アイデンティティを重視した開発が大きな課題になる。だから個性化と全体のバランスをどう作り上げていくかということになってくるだろうと思います。 |
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個性化と普遍化のバランスのとれた開発を |
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| 飯田 |
日本の都市づくりではその辺が一番欠けていたのではないかと思いますね。都市計画について私もいま大学で講義をしていますが、地域地区制など制度に対する批判も幾つか出ています。東京で作った制度を全国一律に適用することに対する反省ですね。
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| 北原 |
国土計画自体も最初の全総、新全総は産業重視でしたが、3全総、4全総からは定住圏構想、あるいは交流など、産業から居住や地域間ネットワークの方向にだんだんシフトしつつありますね。 |
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| 飯田 |
それらは日本の経済力の低い時にはうやむやになっていた事です。産業発展の段階を経て国民のポテンシャルを上げていくという考え方だったのですが、やはりこれからは個性化と普遍化、そのバランスをどう作りあげていくかという事が課題だと思います。その地域地域の独自性、その地域の風土性、そういうものを尊重するという考え方が大切になってくるように思います。 |
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ゼロサム的な開発状況 |
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| 飯田 |
色々な基準があっていいと思いますね。横並びでものを考えていくという、今までのように東京でこれやってるからとか、あるいは先進地域でこれやってるからとか、そういう事はひとつの参考になるかもしれないけれども、やはりその地域の中で何が大事か、どういう考え方でこれからいかなくてはいけないか、それが必要だと思います。それとこれからは人口も伸びない、人口静止時代と言われています。例えばある所で大規模開発が行われるとそこへ人口が移り元の地区は人口が減るというゼロ・サム的な開発の状況になっています。そういった状況下では、今までの計画のしかたと違ってくる。これからこうしたゼロサム的な開発状況が新しい都市づくり、都市の再生前提となるでしょう。
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ネットワークによる機能の相互補完 |
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| 飯田 |
都市間のネットワークということでも、いくつかの課題があると思います。石
川県については、金沢以外で大きな都市となりますと小松です。しかし小松でも10
万ちょっとなんですね。人口が30万以上にならないと、自立都市としては機能でき
ないと言われています。だから、ある程度生活に必要な基礎的な機能施設は必要だけ
ども、すべてをつくることは無理ですから、周辺の市町村が集まって機能を相互補完
し合いながらひとつの地域としての自立を図るという考え方になってくるんじゃない でしょうか。 |
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| 北原 |
やはり一都市とか一町だけで全てを賄うっていうのではなくて、相互に連携し合いながら、交通とか情報とかで結びついていくのがこれからのポイントですね。私はずっと七尾のプロジェクトに関わってきたわけですけども、七尾も能登の中核都市という位置づけで、商業や港湾活動が中心産業でした。ただ七尾だけで都市として成り立っているわけじゃなく、周りの都市と連携をとりながら、そのひとつの母都市として存在している。七尾単独ではなくて例えば輪島とか珠洲とか金沢、羽咋、氷見などとそれぞれ連携しながら進んでいくことが必要たと感じています。特にこれから先生の言われたゼロサム時代になりますと、物質も資源も限られますので小さい街に同じような多目的ホールがあってもしかたがない。それぞれの特色を出しながら連携し、それを交通できちんとつないでいく、そういった地域づくりが今後は大事だと思います。
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50年100年を見すえて、今なにをすべきか |
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| 飯田 |
僕はやはり都市に対する意識、特に公共空間に対する意識は、日本ではまだまだレベルが低いんじゃないかという思いでいます。個人の採算性だけが強調されて、地域全体での価値というものに対する意識が低い。これが本質的にもっとレベルが上がってこないことには、いい街づくりは難しい。 |
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| 北原 |
道路を新しくつくり変えるような時には、1メートルでも2メートルでもいいからセットバックしてつくるような制度を作っておけば、これは10年20年すれば立派な沿道環境が出来ますしノノ。時間がかかってもいいから、いい環境を作っていくというしくみを作っていく必要がありますね。
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| 飯田 |
今だとすぐに3年計画とか5年計画とかやらないといけないような感覚になってるんですけども、都市づくりというのは50年100年かかってもいいんじゃないかと思うんです。その意味では、北原さんの会社が設計された野々市町のコミュニティー道路。あれはひとつのモデルになるのじゃないかな。今後は、セットバックすればそれに対するボーナスで容積率などを増やすなど、制度の見直しなども考えられますね。決してその土地が減ったからといって土地の利用価値が減るというようなものではない。それから北陸三県のポテンシャルをあげるには金沢、富山、福井がバラバラではノノ。それこそ相互に交流をしてこの北陸のポテンシャルを上げるということになったらいいなと思います。 |
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| 北原 |
これからはより一層、ボーダーレス化が進むと思いますし、そういう意味でも街づくりに携わるものとしては、ひとつの地域をどうするかというテーマだけでなく、つねに地域間のコミュニケーション、交流の視点を繰り込んでいく必要があると考えています。 |
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飯田恭敬(いいだやすのり) 京都大学工学部教授、工学博士 1966年
京都大学大学院修士課程修了 1972年 金沢大学工学部助教授 1980年 金沢大学工学部教授
1985年 京都大学工学部教授(現在に至る) 専門は交通工学、都市計画、主著に「土木計画シ
ステム分析」「交通工学」他。 |
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北原良彦(きたはらよしひこ) (株)地域みらい 代表取締役 1982年
京都大学大学院修士課程修了 (株)フジタをへて、現職、各地の都市・地域計画、
交通計画、まちづくり計画を策定。 1995年より、 国土審議会計画部会専門委員、技術士(建設部門・
都市及び地方計画) |
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